リーダーの器 |
| 米国が引き起こした住宅バブルの崩壊で、世界中にばら撒かれたサブプライムローンを組み込んだ金融商品が不良債権となった。それだけで済んでいれば傷は浅かったのであるが、金融不安が巻き起こり、株安にまで波及したことから、米国経済を牽引していた自動車産業ビッグ3が経営不振に陥るなど、実体経済にまで大きな影響が出始めた。起こるべくして起こったことではあるが、米国発の市場原理主義が終焉のときを迎え、世界経済は、恐慌への道を歩みだした。経済学者や経済通と言われる人々の沈黙を見ていると、解決策はあるのか大変心配である。
我が国も例外ではなく、真面目に、黙々と、ただひたすら会社のために尽くしてきた期間社員や契約社員の解雇、派遣社員の派遣止めや、これから社会に恩返しをと意気込んでいた学生の内定取り消しなどが、連日のように報道されている。また、解雇と同時に社宅を追われる元社員の悲惨な実態も、マスコミに大きく取り上げられている。昨年末には、パナソニック電工が、期間社員を解雇するとともに、定年退職を迎える正社員の補充はしないことにより、平成22年度末までに1,000人の人員整理をするという記事があった。これを見たとき、いよいよここまで来たか、次は正社員の大量解雇かと不安がよぎるとともに、今は余り叫ばれなくなった「ワークシェアリング」という言葉が、頭の中を駆け巡った。 こうした状況に対し、社会不安が心の中で大きく育たない間に、その対処策を講じることはもとより、未来へ希望の持てる力強いメッセージを発信することこそが、リーダーの責任である。 総理大臣や国会議員は、補正予算や新年度予算とそれに伴う関連法案を一日も早く成立させるという責任を果たしてほしい。ねじれの中で、他をあげつらっていても状況は進展しない。また、地方の首長や議員(私も含め)は、健全な財政運営を堅持するという責任より、住民の生活を守りぬくという責任を果たしてほしい。住民に身近な政府として何もできないのであれば、地方自治は意味を成さない。 経済界のリーダーは、会社を守るより社員を守るという責任を果たしてほしい。グローバル経済の下での国際競争力の維持、強くなった株主の発言力など、どんな理由を挙げようが、社員を切り捨てて会社を守ることは正当化されない。 言論界のリーダーは、正しい論理を国民に届ける責任を果たしてほしい。マスコミの寵児の役から脱却しないと存在価値がなくなる。 責任を果たす途中でつぶれた者たちには、大いなる敬意を払おう。そして、その責任を果たした者だけを、これからリーダーと呼ぼう。 |